位置と範囲
インドプレートは、インドの91%と、バングラデシュ、スリランカ、モルディブの全域を載せています。さらにパキスタンの約46%、ミャンマー西部、ネパールとブータンの南部の低地も含みます。海ではアラビア海、ベンガル湾、インド洋中部の大部分を覆っています。
多くの教科書はこれをオーストラリアプレートと合わせて一枚のインド・オーストラリアプレートとしています。PB2002は両者を分けており、インド洋中部にその間の不明瞭な境界を置いています。
プレート境界で起きていること
北縁はユーラシアプレートとの衝突帯です。主にヒマラヤからなる約6,000 kmにわたって、二つのプレートは年間約4.7 cm、最大で年間5.4 cmで収束しています。西側では、境界はパキスタンとアフガニスタンのチャマン断層などの横ずれ断層に変わります。
東では、インドの海底が長いスンダ沈み込み系の一部であるアンダマン海溝に沿って、ビルマプレートの下に沈み込んでいます。そこでの相対運動は平均年間約2.5 cmです。
南西では、カールスバーグ海嶺と中央インド洋海嶺がインドとソマリアプレートを年間約3.0 cmで隔てています。アラビア海では、オーエン断裂帯がアラビアプレートとのゆっくりしたトランスフォーム境界で、速さは年間約0.7 cmです。オーストラリアプレートとの境界は最も遅く、平均年間約0.5 cmで、主に収束境界です。そこでは海底が押し縮められて、幅の広い褶曲になっています。
インドが海を渡るまで
インドはゴンドワナの一部で、アフリカ、南極、オーストラリアの間にはさまれていました。白亜紀に分離してマダガスカルからも離れ、大陸としては異例の速さで北へ移動しました。白亜紀の終わり近くにはマントルのホットスポットの上を通過し、巨大な噴火がデカン・トラップをつくりました。
インドが北へ動くにつれ、その前方にあったテチス海はアジアの下へ沈み込みました。インド大陸そのものは約5,000万年前にアジアに到達しました。大陸地殻は浮力が大きすぎて沈み込めないため、衝突によって地殻がしわ寄せられて積み重なり、エベレストが8,849 mに達するヒマラヤ山脈ができ、その背後でチベット高原が隆起しました。
地震と火山
データセットには、1900年以降にこのプレートで起きたマグニチュード6.5以上の地震が48回記録されており、そのうち2回はマグニチュード8に達しました。どちらも2012年の同じ日に、スマトラ島沖のウォートン海盆で起きました。M8.6の本震とM8.2の余震です。M8.6の地震は観測史上最大の横ずれ地震で、インドプレートとオーストラリアプレートの間の不明瞭な変形帯の内部で発生しました。
陸上では、グジャラート州の2001年ブージ地震(M7.7)が最も大きな被害を出しました。ミャンマー西部では1946年にM7.64、1930年にピュー付近でM7.52が記録され、カールスバーグ海嶺では2003年にM7.6が発生しました。1934年と1950年のヒマラヤの巨大地震は、データセットでは境界のユーラシア側にプロットされています。
データセットには、このプレート上の火山は1つしか記録されていません。ミャンマー中部のポッパ山です。